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弘法大師降誕会

弘法大師(空海)は宝亀5年(774年)6月15日に香川県善通寺市でお生まれになりました。この大師の誕生日をお祝いする法要が、真言宗御室派 薬樹山 延命寺では1ヶ月早い5月5日に営まれます。
 当山の本堂前には花御堂が設けられています。この内には大師の幼少時の姿を模った「稚児大師像」が安置されていて、参詣者の人たちが甘茶をかけて灌沐されます。また甘茶のふるまいがなされます。
 (2019年5月初旬取材)。>> 続きを読む...
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本堂内には、「百味飯食(ひゃくみおんじき)」と言われる、里のもの、山のもの、海のものと言われる100種類のお供え物が、本尊・如意輪観音菩薩の御前に供えられています。
   練供は、本坊から本堂前へ、黄色の法衣を纏った僧十数人の行列が、当山引頭の先導で歩みます。本堂前で、導師の住職を挟んで2列に並び入堂に際する儀式が営まれます。  その後、本堂内で散華をふり撒くなどして観音三昧法要が営まれます。やがて本堂法要が終わった後、僧職一行は毘沙門堂にも入堂して法要が営なまれます。この後、僧職の一行の列は本坊へ戻られて、一連の降誕会法要が終わりを告げます。
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真言宗の開祖(774〜835)。最澄とともに平安仏教を代表する僧。死後、弘法大師とおくり名された。中国から真言密教を伝え、高野山に金剛峯寺を創建。宇宙の統一源理は大日如来であるとし、三密(身・口・意とよばれる行で、身に印契を結び、口に仏の真言をとなえ、 (こころ)で仏を観じる)の行の実践をつうじて大日如来と一体化することで、即身成仏(死語の成仏でなく、宇宙のきよらかな命を力強く生きることができる)を説いた。諸国を遊行し真言宗の布教につとめた。わが国最初の民衆の教育機関である綜藝種知院を開設し、諸地方を巡って庶民の教化につとめた。62歳で世を去ったが、優れた実行力は全国各地に彼の徳をたたえる伝説を生んだ。詩文や書道にも優れ、多芸多才の人であった。主著「十住心論」「三教指帰」「性霊集」
【空海のことば】   手に印契をなし、口に真言を誦え、心三摩地(雑念を離れて1つの対象に集中する状態)に住すれば、三密相応じて加持するが故に早く大悉地(だいしっち)(解脱の境地)を得る。・・・・行者もし()くこの理趣を観念すれば、三密相応ずるが故に現身(うつしみ)に速疾に本有の三身を即身の義もまたかくのごとし。(即身成仏義より)
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般若心経とともに最もよく知られ、親しく読経されています。どんな困難や苦難に直面しても「南無観世音菩薩」と一心に称名すれば、たちまち観音様が現れて救って下さると言います。いわゆる即物的であり「現世御利益」を説いたお経と言われています。しかし現世利益をたとえ話として、解脱と悟りへの導きを説いたお経であるとの解釈がなされています。
 全身全霊、命を投げ出して一心に称名することで無心・無我の境地になります。これは観音様の無相と同じ境地に達することになります。無相の世界は実体のない空の世界であり、これと一体になる。空の世界は涅槃の世界と言われ、いわゆる全宇宙と完全一体となった境地であり、これを解脱と言いわれます。悟りを開いたことになります。心身が自由自在となり何事にもとらわれない、有にも無にもとらわれない境地への導入を説いたお経と言われています。
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