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高瀧辨財天大祭

太井地域入り口の石見川対岸、急斜面の小高い岩の上に小さな祠があります。祠の中には、高さ20cmほどの弁財天がお祀りされています。
 この弁財天は、いつ頃から、なぜお祀りをされたかは不詳です。弁財天は古代インドの河神であるので、水を大切にされた地域の先祖の人たちが招来したものと推測されます。
 弁財天は太井の護り神として古くから地域の人たちが、厚い信仰心をもって大切にお守りし、お祀りされています。(2012年4月中旬取材)。>> 続きを読む...

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伝承によると弁財天は、元はここから直線距離で約600m上流の石見川が少し淵になっている崖の上にお祀りされていたそうです。ところが大水が出て弁財天は祠ごと現在位置まで流さました。これは弁財天の望まれたご意志であろうと推し量った人たちが現在位置に安置しお祀りをしました。地域の古老は、自分たちが小さい頃には、既に現在位置でお祀りしていたと話されていました。
 弁財天大祭は、太井地域の年中行事の1つとして、地域の老若男女の人たちが挙って参加されます。弁財天の容姿は女形をされているので、特に女性がお詣りすると御利益があると言い伝えられているそうです。
 お祀りは、集会場に集合されて皆さんが揃って、約600m北西に離れた所にある祠へお詣りされます。祭場は祠と川を隔てた此岸に設けられ、そこに祭壇が設けられ花やお供物が、前もって世話人たちによって供えられています。皆さんが揃うと、祠に向かって全員で合掌し般若心経を、幾度も幾度も繰り返し唱和されお祈りします。
 弁財天のお詣りの後、集会場で会食が始まります。  会食しながら話に花を咲かせ、なごやかに楽しく過ごされます。一層の親睦を深めるために会話を交わすことで地域のコミュニケーションに場となっているようです。
 むかしの良き時代の風習が、今も太井地域に残っていて、続けられている努力に敬意を表すと同時に、今後も続けられることを祈願します。
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